猛暑が続く日本の夏。それでもビジネスの現場では、スーツやジャケットが必要な場面があります。その課題に対し、“糸からつくる”という思想のもと産学協同で開発に挑み、試行錯誤の末に生み出したのが高機能素材「Air Tech Spun®(エアーテックスパン)」です。通気性に富み、さらりとした肌触りで、暑い夏でも快適に着られる。透けず、耐久性もある。そんな“夢の素材”の開発と商品化に関わったAOKIの三輪さん、笹川さんに、その舞台裏を聞きました。

PROFILE
株式会社AOKI
AOKI商品部
マネジャー、レディース部門長三輪 兼之
(みわ かねゆき)
2007年入社。店舗勤務を経て商品構成部に異動し、レディース、コート、スラックス、ジャケットなど幅広い商品企画を担当。2013年に繊維製品品質管理士(TES)を取得。2020年以降は店舗および事業部でのMD※業務を経験し、2023年にカジュアル部門、2024年にビジネス部門の責任者を歴任。2025年よりレディース部門長として事業全体を統括している。

PROFILE
株式会社AOKI
産学共同商品開発室
チーフアシスタント、繊維製品品質管理士笹川 哲
(ささがわ てつ)
2014年入社。信州大学大学院理工学系研究科修了後、株式会社AOKIに入社し、商品開発室(現・産学共同商品開発室)に配属。大学との産学協同の取り組みに従事し、これまでにさまざまな商品開発に携わる。
※MD:マーチャンダイザー(商品の企画・開発や商品構成の決定、発注数量計画の立案などを専門とする職種)
AOKIはなぜ「夏のスーツ」に挑んだのか
Air Tech Spun®という、これまでにない素材の開発が始まった経緯について、AOKIで産学協同開発に従事する笹川さんはこう振り返ります。
「日本の夏の蒸し暑さは相当なものですが、それでも夏にスーツを着ている方はいらっしゃいます。クールビズが広く普及し始めた当時の調査でも、社外ではスーツを着るという方が半数近くいました。そうした課題感が、『夏でも快適に着られるスーツ』をつくりたいという開発の原点となりました」
そのような思いを形にするべく、2015年頃にプロジェクトがスタート。ただ、その実現にあたっては、多くの技術課題が立ちはだかりました。
「涼しく着るには通気性を高める必要があります。それには細い糸を使う、生地の密度を粗くする、糸を強く撚(よ)って隙間を生み出す、といった方法が一般的でした。ただ、それだと生地の耐久性やストレッチ性の低下、透けやすくなるといった問題が起こってしまう。夏場の快適性を高めながら、そうした課題を克服できる生地を生み出すことがミッションとなりました」(笹川さん)
従来は難しかったそのミッションを実現するために選んだアプローチが、糸からつくることでした。商品化を担った三輪さんは、こう語ります。
「AOKIには『糸からつくるAOKI』というモットーがあります。当社では1970年代から、生地を織り、縫製し、販売するまでを一貫して手がける“製販一体”の体制を築き、素材の段階から商品開発に向き合ってきました。今回は、まさにその文化を体現するプロジェクトといえました」
Air Tech Spun®を生んだ三者共創
これまでにない夏生地を糸からつくるにあたって力を借りたのが、国内唯一の繊維学部を持つ信州大学と、原料からこだわったものづくりを長年行っている紡績テキスタイルメーカーの東亜紡織でした。
「信州大学の金井教授は、衣服の着心地を高める設計と評価の知見をお持ちで、2003年からさまざまなテーマで当社と協同研究を行ってきました。今回の開発では、まずこの二者で糸の構造に焦点を当てることの重要性を議論しました。試作段階からは紡績のプロフェッショナルである東亜紡織にも参画を打診し、協力を得ることができました」(笹川さん)
こうして三者が試行錯誤を繰り返した結果、たどり着いた答えが、「毛羽(けば)」を抑えた糸でした。
「注目したのは、糸の表面からはみ出す短い繊維、つまり“毛羽”が、生地全体の空気の通り道をふさいで空気の移動を妨げているのではないかという仮説でした。そこから私たちは、毛羽を1本でも減らすことに取り組みました。この方法なら、糸1本の太さや生地の緻密さ(糸の密度)を変えずにすむため、透けにくさや強度にも影響しません。また、糸の構造を見直すことで生地の性質である空気の通りを改善したので、ストレッチ性を損なうこともありません」(笹川さん)
これを受けて東亜紡織が、特殊な紡績方法によって毛羽を抑えた何種類もの糸を試作。さらに、それらの糸で織り上げた生地が実際の着用シーンでもたらす効果を信州大学で検証し、ベストな生地のレシピを見つけました。こうした試行錯誤と検証を通じて、産学協同開発ならではの機能素材「Air Tech Spun®」が誕生しました。
東亜紡織株式会社 瀬古さんコメント
Air Tech Spun®の開発にあたり、通気性向上を狙うのはもちろんですが、製織工程での生産性を落とさないように糸の強伸度、原料規格、糸の撚り数にこだわりました。生地メーカーだけでは評価が難しい、製品着用時における着心地や衣服内環境の数値をふまえて生地規格を検討できる点が、共同開発の良さだと感じます。
信州大学 繊維学部 金井教授コメント

機能性の検証にあたっては、人体の発熱と発汗を模擬した独自の試験装置を作製して、Air Tech Spun®を使用することでどのような実用シーンでどの程度の効果が実現できるか、体系的かつ詳細に調査しました。その結果、これまでの生地と比べて空気の移動性が高く、熱がこもることで衣服内の温度が上昇してしまう現象を改善する効果を確認しました。ものづくりには設計技術だけでなく、評価技術も重要です。プロジェクトに関わる人たちがそれぞれの専門性を発揮して新しい製品を生み出す仕組みが産学協同の価値だと思います。


Air Tech Spun®は従来糸と比較して、スーツ内の温度・湿度の上昇が少ない
現場で体感した、イメージ以上の実力
AOKIは2021年、Air Tech Spun®を使った「ノンアイロンクールパンツ」を発売。三輪さんはこの新商品の高い機能性を、身をもって体感することになります。
「発売前、商品部のメンバー約10人と私自身で着用感をテストするため、この商品を実際にはいて、2〜3月に行われるフレッシャーズ商戦の店舗応援に入りました。すると、あまりの通気性の良さに、普段は冬でも暑がりな私が猛烈な寒さを感じました。あわせて、生地の透けにくさや強度、ストレッチ性も目指した通りでした。加えて驚いたのが、シワのつきにくさです。糸の屈曲性が低いため、1日中はいたり、出張で長時間移動したりしても、シワがほぼできなかったんです」
笹川さんは、触り心地にも言及します。
「さらりとした手触りと、触れた時にヒヤッと感じる『接触冷感』も特徴です。目を閉じて触ってもわかるくらい、通常の生地とはまったく違います」
「“涼しい”と“伸びる”は生地づくりでは本来相反するものです。しかしAir Tech Spun®は涼しくて、ストレッチ性もあり、透けず、洗濯も可能でお手入れが簡単。さらに、天然素材であるウールを混紡した糸なので、スーツとしての品格も備える。社内では、“究極の生地”ができた!と盛り上がりました。実際に売上は計画を上回り、お客様からも商品に対するお褒めのハガキを例年以上に多くいただきました」(三輪さん)

酷暑に挑み、進化を続けるAir Tech Spun®
以降AOKIでは、Air Tech Spun®を使ったさまざまな商品を開発してきました。スーツ・ジャケット・スラックスといったメンズのビジネスアイテムに加え、レディーススーツも展開しています。商品の拡充とともに、ストレッチ性の改良や通気性のさらなる向上など、生地も少しずつ進化させてきました。
最後に、そんなAir Tech Spun®の今後の展望について、二人に聞きました。
「例えば通気性の高さとドライな肌触りを生かした『猛暑でも羽織れるジャケット』など、機能をさらに進化させて気候変動にしっかり対応していきたいです」(笹川さん)
「昨今の夏の酷暑化と長期化により、夏生地への需要は年々高まっています。クールビズという選択肢ももちろん大切ですが、一方で『AOKIのおかげで猛暑でもスーツをビシッと着こなせる』と言っていただけるよう、スーツ専門ブランドとして確立していきたいです」(三輪さん)
猛暑が続く時代においても、ビジネスウェアとしてのスーツの価値を守る。その挑戦は、AOKIの「糸からつくる」ものづくりとともに、これからも続いていきます。
※「Air Tech Spun®」は東亜紡繊株式会社の登録商標(第5898909号)です。


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